房州団扇 柄長

作り手:監修/銀座くのや  作り手/丸山一郎商店
産地:千葉県・館山
素材: 綿、和紙、竹房州団扇 柄長和装小物の老舗銀座くのやとJ-PERIODが提案するのは、

「夏を快適に過ごす為の知恵の伝承。」

麻を室内にかけることで、
その透け感や風で揺れる様をみて 「 涼味 」 を感じる。
風鈴の音色の涼しさを求める。

古くから自然と共に生活をしてきた日本人は、素材を 「 生かす 」、素材を 「 見立てる 」 感性に優れていました。
このような先人の知恵を拝借し、涼を感じる 「 素材 」 「 柄 」を厳選したオリジナル団扇を数量限定で販売致します。

房州団扇 浴衣地
「がいこつ」「煙管」「撫子」「朝顔」「竹垣」の五柄をご用意。夏の風物詩を中心とした柄を配した浴衣地を団扇に張って作成しています。
房州団扇 浴衣地
房州団扇 和紙
「金魚」「蛍」「向日葵」「夏野菜」「七夕」の五柄をご用意。「金魚」と「蛍」は、騙し絵となっています。
房州団扇 和紙

銀座くのやとJ-PERIODのコラボレイトから生まれた、晒素材の手拭です。
日本の夏の風物詩「花火」と東京の新風景「波にタワー」の二柄をご用意致しました。

花火
日本の心「花火」。桜同様に、開いた時の美しさと終演を迎えるときのはかなさが日本人の心に響きます。
晒手拭 花火
波にタワー
東京の新風景を表現した「波にタワー」。大人の遊び心を感じることのできる柄です。
晒手拭 波にタワー
団扇、手拭共に、銀座くのやクリエイティブディレクター河合由朗氏監修の下、それぞれの作り手が作成しております。
作り手
丸山一郎商店

海岸に程近い千葉県館山にある、丸山一郎商店の当代、丸山忠弘氏は50年間団扇を作り続けている生粋の団扇職人です。
全ての工程を一人でこなすことのできる産地でも数少ない作り手ですが、産地の活性化の為、内職の職人に仕事を振り分けて完成に至っています。

「目に見えない細かい仕事を丁寧にすることで、仕上がりが違うんです。」
という丸山氏の言葉から団扇作りに対する拘りを感じます。

団扇作りは、大きく分けて21の工程を経て完成します。
竹の選別からはじまり、竹を裂くための下準備である「皮むき」。
団扇の骨を作るための「割竹」、「編竹」の工程を経て、炭火で焼いて骨の曲がりを直します。
ようやく完成した骨組みに、和紙を貼り付けて、余分な骨を裁ち落とします。
その後ヘリを付けて仕上げてようやく完成です。

しなやかな房州の竹と作り手の想いから生まれた房州団扇は、心地よい風を生み出してくれます。


作り手
銀座くのや

創業171年の和装小物の老舗「銀座くのや」。

天保八年に麻綿問屋として久野屋菊地利助商店創業。
大正12年、関東大震災で焼失するが再建、新規開店を行う。
絹、糸を中心とした紐類、帯〆の販売を行う。
天保八年に麻綿問屋として久野屋菊地利助商店創業。
昭和52年には銀座くのや本店新築竣工。
平成7年、7代目菊地泰司が銀座通連合会理事長に就任。
平成19年、創業170周年。
「り庵」「メイド・イン・ギンザプロジェクト」発表。

銀座くのや Official Website
http://www.ginza-kunoya.jp/
銀座くのや

銀座くのや
産地
千葉県・館山近辺は房州団扇の産地です。

関東でうちわ作りが始まったのは、江戸時代。当時、房州は、材料の竹を送り出す産地でした。房州でのうちわ生産は、明治10年に那古町(なこまち)に始まり、付近の町村に普及したと言われています。

大正12年の関東大震災で、日本橋堀江町河岸のうちわ問屋の大半が大火に見舞われました。震災後、竹の産地に近く、東京への船便があった那古港にも近接した船形町に問屋が移住し、房州うちわの生産を始めました、そのことがきっかけとなり、日本三大うちわと言われる「房州うちわ」の産地となっていきました。

平成15年には経済産業大臣指定の伝統工芸品と認定され、今も産地としてひたむきにうちわ作りに励んでいます。
銀座くのや

銀座くのや
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